人生で初めて料理をしたのは小2のとき。
母が出かけていたので、兄と何か作ろうということになりました。
4歳年上の兄はすでに学校の調理実習を経験しています。
言っておきますが兄は総領の甚六を絵に描いたような男です。
悪口言い過ぎました。でも、優しいんですよ。
英語と家庭科は最初は誰でも好きになる教科です。
今と違ってガスは、着火装置が付いていないワイルドなタイプ。コックをひねって、ガスがもれだしたら、部屋に充満したガスに引火して大爆発しないうちにマッチでそそくさと火を点けて着火します。時間との勝負です。
兄が火を点けているのを見たら自分にも出来そうな気がしました。
危険な臭いがプンプンしますね。
実はその後も自分で石油ストーブの芯にマッチで火を点けたりしています。
昔の子供、やりたい放題です。
当時は本だしなどという便利なものはありません。
わたしはよく、母が削り器でかつを節を削っているのをお手伝いしていました。母がいなくても大丈夫。ガスガス削って沸騰したお湯に投入。
どの位煮出すのかしら。
お湯はグラグラです。放っておいたら、水分が無くなるまで煮出したかもしれません。
何かいい香りがしてきたので、いったん止めて。子供なので出し殻を箸で一個一個つまんで捨てます。
ワカメと油揚げがあったので切って(ワカメを水で戻さなかった)鍋に投入。再び地獄の釜のようにグラグラに沸かして、味噌を溶かし入れます。
兄は家庭科で味噌汁を作ったと言っていました。当時兄の家庭科の成績は5段階評価中の5だったので、絶大な信頼を寄せていました。
2人で作った初めてのお味噌汁は母の作ったソレより美味しかったです(自己評価の高い兄妹です)
わりとレシピを見て作りません。何かで見た記憶だけで作ります。冒険者です。
料理を失敗しがちな人のいい例です。
新婚のころ、友だちが彼氏を連れて遊びに来ました。
無謀にも手料理でもてなそうと思い立ち、別の友人宅でもてなされて食べたけんちん汁と彼女の好物のお汁粉を作る事にしました。
なぜそんなものを作ろうと思ったのか。友達は極度の偏食でお菓子ばかり食べています。肉も全くだめだったため、今でいうビーガン料理的なものを必死で考えたのです。
もはや母親的気分です。
母親なのでガサツです。
けんちん汁、友人宅の1回しか食べたことがありません。
もちろん、作り方など知る由もない。
COOKPADなどない時代です。国語辞典で引いてみました。
けんちん
《巻繊》(名)[料]
ニンジン・シイタケ・ゴボウなどを、とうふと一緒にいためたもの
出典元/三省堂国語辞典 第4版
出来そうです。記憶をたよりに作って出しました。
友達は、おかわりしてくれました、お汁粉を。
その後けんちん汁を作ったことがありません。
初めて料理を作ってから60年以上経ちますが、未だにキャベツの千切りの幅が異様に広いです。ネギの小口切りがつながっています。
今はCOOKPADと言う便利なものがあるので時々参考にしますが、TVで誰かが作るのを観てその記憶をたよりに作ったりするので、新作はまず別のものが出来上がります。
娘が結婚する時、料理を教えてくれと言うので基本の何種類かは教えましたが、料理本で作った方が間違いないし、わたしもほとんど母におそわっていません。
「自信がないので本見て」と言っておきました。
この前、TVで ❝ キッチン革命 ❞ と言うドラマをやっていました。
日本で初めて料理に数字を取り入れた女性のお話です。
作り方と分量さえ記しておけば、誰でも80%の再現が出来る、と言うことを世に広めた方です。
ごめんなさいね。先人の血のにじむような努力を無駄にして。