一木けいさんの小説 ❝ 彼女がそれも愛と呼ぶなら ❞
いつもドラマと小説の話をごっちゃに書いているので今回は2つに分けてみました。
伊藤健太郎さんが出演するドラマに原作があるというので、さっそく読んでみることに。そしてたいがい、ドラマが始まるころには内容を忘れてしまいます。
原作のないドラマはメッチャ夢想します。もちろん内容は全然ちがいます。
まず、いつもわたしが読むタイプの小説ではありません。
わたしは冒険や推理もの、そしてハチャメチャコメディが好きなので、小説に繊細な心の動きなど求めていないのです。
でも、たまにはいいかー。推し燃ゆ、コンビニ人間なども読んだわけだし。
イカれた人たちを見てみよう(まだ読む前の感想ですよ)
まず、表紙が美しい。わたしは装丁を見るのも好きなのです。
彼女がそれも愛と呼ぶなら
作/一木けい 出版元/幻冬舎
小説ではおもに伊麻の娘、千夏の視点と
伊麻の友人、絹香の視点で語られます。いわゆる普通人です。
ポリアモリーというのはそんなに最近始まったわけでもありません。
というのも1970年代ヒッピー文化という思想が音楽や映画などに侵食され始め、美大志望というわりと思想が自由なひとたちに囲まれた高校時代を過ごしたからです。
先輩のお二人は(男性と女性です)
「個室がないからプライバシーが守れないなんてどうかしてる」
とずいぶんと尖ったセリフをお吐きになり複数人の男女で一室で共同生活を始めました。
「そうかなあ… 」
と思いつつも、否定するほどでもありません。マリファナをやりながら共同体で自由恋愛をくりひろげるなどという、映像も普通に流れていたような気がします。※当時禁止されてなかった?
その時の幻覚状態をイラストにした作品も流行っていました。
夜のパートナーを取り換えるのも自由。
いや、わたし処女だし。そんなの羨ましかねえ。
男に都合のいい制度じゃないの。いいのか先輩。
結局、お二人はいつの間にか結婚してしまいました。
彼女の方がメッチャもてて、不安にかられた男性が彼女を独り占めする選択をしたのです。
おい、自由恋愛どうした。
絵を描く男なんて碌なやついない。
絵を描く女なんて他人のゆう事きかない。
そういえば伊麻さんは挿絵画家でした。
いや、そんな感じのお話ではありません。
愛の共同体に男女4人(うち女性の娘1人)が暮らしているところに異分子である大学院生小森氷雨がやってきます。
彼は伊麻を愛していますがポリアモリーを完全に受け止めたわけではない。
そこを、いつも氷雨を観察している娘の千夏が見破るのです。
彼女も同類なのです。
ポリアモリーを描きながらも、それを受け止めきれない人々を描く物語でもあります。
モラ夫に浮気されて浮気し返す絹香。
初めてのBFが独占欲満開のDV男だった千夏。
ポリアモリーの方々のほうが人の自由を認め、幸せそうです。
男女1対1は人を縛り苦しめる制度なのでしょうか。
それでも氷雨は伊麻に1対1を求め、断られてしまいます。
太呂を説得しながらそのまま帰ってこない氷雨。
この消え方が千夏の彼氏と ❝ 相打ち ❞ 的な感じで好きなのです。
その後千夏は大学まで氷雨に会いに行きます。
大学は広く、彼に逢うまでの執念を考えると、千夏は氷雨が好きだったのかもしれないなあ、と思いました。
