
少年時代
1990/09/21 リリース
夏が過ぎ 風あざみ
誰のあこがれに さまよう
青空に残された 私の心は夏模様
お子さんをお持ちの皆さん、夏休みももうじき終わりですね。
あと、ひとがんばりです。
少し前までは、サザエさんのカツオくんとか、ちびまる子ちゃんとかが慌てだすネタでおなじみの8月の末。自分の子供のころ、自分の子供が子供のころ、どうやって過ごしていたのでしょうか。
まさか、ゲーム ❝ ぼくのなつやすみ ❞ (2000年発売)をずっとやってた、なんてことはないでしょう。
シャレになりません。
さて、わたしの小学生のころは
夏休みに入るまえにペランペランの夏休みの日誌が配られます。
毎日、律儀に1ページずつやる子供はいなかったと思います。
40日分なら、2、3日あればなんとかなります。大概、みんな一週間以内に仕上げたと思っていました。
とっととすませて、後を気楽に過ごそう大作戦です。
各ページの上の欄外にその日のお天気を書く場所がありますので、40日ぶんの未来予想天気を書き込んでいきます。晴ればかりなわけもないので、ときどき曇り、雨を入れておきます。未来を予想すると少し楽しくなって、台風の日も入れたりします。先生もいちいち確認なんかしないでしょう。
当時、絵日記を描く子供はまれでした。
描く人は変わり者でした。
わたしも描きません。描けとも言われませんでした。
しかし、何とわたし小学校6年間、毎年自由研究を提出していました。
事の始まりは母が自由研究は全員提出だと思っていたこと、そして自由研究した人はみんなの前で発表しなければなりません。
朝顔の観察やマッチ箱で作ったタンス、墨流しといわれる絵画技法等、真剣に自由研究している博士ちゃん的な人がいる一方、受けをねらった面白発表要素が年々増えていくわたし。
あまりよく覚えていませんが1年生の時は母がマッチ(燐の頭のついた危険なマッチです)の色違いのを集めてくれてそれをただただ同学年の皆の者に見せびらかす自由研究。
それで成り立つ小学1年生。
みんなにクレクレ言われました。
今やったら、先生に怒られます。
地図を描くのが得意だったのでA-1サイズの巨大模造紙をさらに貼って貼って4倍くらいにした日本地図を描いて何らかの発表。巨大日本地図を描くのが目的だったため、何の発表をしたのかは覚えていませんが、友達から
と言われたのは覚えています。
みなさん、まさかの自由研究でわたしが失敗するの待ちです。
小6になったらネタが尽きたため提出しなかったら先生に
「誰も提出しないんでやってくれ」
と言われ、さらに国語の漢字の成り立ちと言う小学生向けの本を9月に入ってから渡されました。わたしの好きな巨大模造紙とマジックインキも下さいました。もはや原稿依頼をうけた作家です。
「漢字の成り立ち」は読んでいて結構面白く、時間もないので丸写しで発表しました。丸写しなので大した失敗もしませんでした。
みなさん不満そうだったのは気のせいでしょうか。
先生が選んだだけあってセンスがお堅く、武田鉄矢みたいに
「人とー言う字はぁー人と人がぁー… 」みたいなエピソードを盛り込めば受けたのにと、後から思いました。